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大阪高等裁判所 平成12年(ネ)2557号 判決 2000年12月05日

控訴人

小川眞司

被控訴人

兵庫県

右代表者知事

貝原俊民

右訴訟代理人弁護士

奥村孝

右訴訟復代理人弁護士

森有美

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人から黒毛和種種雄牛の人工授精用精液の提供を求められたときは、これを拒んではならない。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

主文と同じ

第二  主張

一  請求原因

1  被控訴人は、家畜人工授精所である兵庫県立中央農業技術センターを開設している。

2  控訴人は、兵庫県立中央農業技術センターに対し、県有黒毛和種種雄牛の人工授精用精液の購入を申し込んだ。しかし、兵庫県立中央農業技術センターはこれを拒絶した。

3  家畜改良増殖法二九条は、家畜人工授精所の開設者は、その家畜人工授精所において家畜人工授精用精液の提供を求められたときは、正当な理由がなければ、これを拒んではならないと定めている。兵庫県立中央農業技術センターの右拒絶には、正当な理由がない。

よって、控訴人は、被控訴人に対し、控訴人から黒毛和種種雄牛の人工授精用精液の提供を求められたときは、これを拒んではならないとの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  家畜改良増殖法二九条の正当な理由がないとの主張は争う。

三  被控訴人の主張

1  県有黒毛和種種雄牛の精液は、被控訴人の肉用牛改良事業の趣旨に照らし、県内の畜産農家のみに譲渡すべきものである。ところが、控訴人は、兵庫県内の畜産農家ではない。したがって、被控訴人が控訴人に県有黒毛和種種雄牛の精液を提供しないことにつき、家畜改良増殖法二九条にいう「正当な理由」がある。

2  県有黒毛和種種雄牛の精液は、県内の畜産農家に対してのみ譲渡すべきものである。

(一) 家畜改良増殖法は、家畜の改良増殖を計画的に行うための措置や制度、規制等について定め、家畜の改良増殖を促進し、もって畜産の振興を図り、農業経営の改善に資することを目的とし(一条)、都道府県は家畜の改良増殖の促進に有効な事項を積極的に行わなければならない旨を定めている(二条)。

(二) 被控訴人は、兵庫県内の肉用牛改良増殖を計画的に行うため、平成元年一月に兵庫県肉用牛改良対策を策定し、また、家畜人工授精所として県立中央農業技術センターを設立し、県内では右センターにおいて一元的に産肉能力の高い県有黒毛和種種雄牛を造成し、その成果物である精液の供給を行っている。

(三) 被控訴人が行っている肉用牛種雄牛の造成及び精液の配布にかかる事業の総事業費は、約一億七八七一万七〇〇〇円である。そして、被控訴人は、右総事業費の約九割を県費から支出しており、国からの補助金は約一割にすぎない。

右事業の総事業費の九割が県費で賄われている理由は、右事業が県内の肉用牛の改良増殖及び県内の畜産農家の振興のために運営されるものだからである。

(四) 兵庫県は、神戸牛、但馬牛という全国的に非常に評価の高い銘柄牛を有している。

これは、被控訴人が、県内の畜産農家や農業協同組合等の協力を得て、雄子牛が家畜市場に出荷されるまでに優先的に被控訴人が購入するようにした上、産肉能力検定を行い、能力の高い雄牛の精液を安く県内の畜産農家に譲渡し、更に改良を重ねていって生じた結果である。

県有黒毛和種種雄牛の精液は、いわば被控訴人及び県内の畜産農家の努力の結晶であり、資産でもある。

(五) 被控訴人は、県内のすべての畜産農家に精液を効率的に供給できるようにするため、県内畜産農家の理解と協力を得て、種雄牛の造成と精液供給を一元的に行い、県内の畜産農家に一本一三〇〇円と安く譲渡している。

仮に被控訴人が精液の譲渡制限を行わなければ、被控訴人が県内の家畜改良増殖の促進、畜産の振興を考えて精液を安く譲渡しているのを悪用し、優秀な種雄牛の精液を安く仕入れて、他県の畜産農家に売却して儲けようとする者が出てくることも考えられる。そうなると、被控訴人及び県内の畜産農家が協同し、努力して生み出した神戸牛、但馬牛という銘柄牛の価値が下がってしまい、県内の畜産業の発展に支障が生じるおそれが大きい。

(六) 兵庫県と同様に銘柄牛を有している岩手県、宮城県、岐阜県、鳥取県、宮崎県、高知県等においても、精液の利用者については被控訴人と同様の制限をしている。

人工授精用精液の提供を県内の畜産農家に限定して、各県がそれぞれ独自に改良を重ね銘柄牛の価値を高めていくことが、国全体の畜産業の改良発展につながり、家畜の改良増殖を促進することにより畜産の振興を図り、あわせて農業経営の改善に資するという同法の目的にも合致し、これを行わなければ、神戸牛、但馬牛の価値が下がり、県内の畜産業の発展に支障を生じる。

(七) したがって、被控訴人が兵庫県内の畜産農家ではない控訴人に対し精液を譲渡しないことは、家畜改良増殖法二九条の「正当な理由」に基づくものである。

3  控訴人は、県内の畜産農家に該当しない。

(一) 控訴人は、現在、牛の飼育を行っていない。

(二) 控訴人は、今後、現住所で牛の飼育を行う旨主張する(控訴人は、現住所地以外には県内に土地を有していない。)。

しかし、控訴人が現住所(神戸市灘区青谷町)で牛を飼養することはできない。

神戸市灘区において畜舎等の動物を飼養するための施設で牛を一頭以上飼養するには、神戸市長の許可が必要である(化製場等に関する法律九条、同法施行令一条、化製場等に関する法律施行条例一条、七ないし一〇条、化製場等に関する規則一〇条、一二条、神戸市化製場等に関する法律施行細則一二条、化製場等に関する法律による動物の飼養又は収容の許可を要する区域の指定について[平成二年神戸市告示第四〇号])。そして、神戸市灘区青谷町は、都市計画法上の第一種低層住居専用地域に指定されており、建築基準法によれば、右地域内で畜舎等を建築することはできないから、控訴人が現住所で畜舎を建築し、牛を飼養するのは不可能である。

控訴人は、神戸市灘区青谷町の家には少しの庭があり、排水設備もあり、あえて畜舎を建設しなくてもよいだけの知識も経験もあると主張する。しかし、屋外ではなく施設で飼養する以上、その施設が化製場等に関する規則一二条、別表第二の二項(2)の要件を満たすことが必要であり、控訴人主張の施設が右要件を満たすとは考えられない。

4  控訴人が、県有黒毛和種種雄牛の精液を、本当に県内での肉用牛の生産に使用し、兵庫県の畜産の振興に寄与するものかどうか極めて疑わしい。県内の畜産農家に該当しない控訴人に対して、被控訴人及び県内の畜産農家の一体的努力の成果物である県有黒毛和種種雄牛の精液を被控訴人が提供することは、家畜改良増殖法の目的、それに基づく被控訴人の肉用牛改良事業の趣旨に反し、県内の畜産農家の利益を侵害するおそれがあるから、被控訴人が控訴人の購入申込みに応じないことについては、同法二九条にいう「正当な理由」があるというべきである。なお、控訴人が家畜人工授精師であることは認める。

四  被控訴人の主張に対する控訴人の認否及び反論

被控訴人による県有黒毛和種種雄牛の精液の提供拒絶に「正当な理由」はない。

1(一)  被控訴人の主張2(一)、(二)は知らない。

(二)  被控訴人の主張2(三)は知らない。控訴人は、兵庫県神戸市に居住し、兵庫県に納税している兵庫県民である。

(三)  被控訴人の主張2(四)、(五)は争う。控訴人は、兵庫県民として、県有黒毛和種の改良に協力している。

(四)  被控訴人の主張2(六)は争う。他県の精液の利用には、県内の人工授精師が関与しており、控訴人も人工授精師である。

日本の肉用牛改良増殖は、都道府県が協力し合い、幅広く積極的に行わなければならないのに、被控訴人は、他の都道府県と協力していない。精液配布にかかる事業が、被控訴人主張のように「県内の肉用牛の改良増殖及び県内の畜産農家の振興のために運営されるものである」ならば、日本全国に精液を販売し、全国からデータを集め、収入を得、兵庫県の畜産農家に還元するべきである。

(五)  被控訴人の主張2(七)は争う。

2  控訴人は、兵庫県の畜産農家であり、それ故、現在も、兵庫県民から神戸牛の精液、授精卵を購入している。

(一) 控訴人は、兵庫県では牛を飼育できない状態であるが、現在、高知県の土佐山田町において、約二〇頭の牛を飼育している。

(二) 控訴人の神戸灘区青谷町の家(現住所)には少しの庭があり、排水設備もあり、あえて畜舎を建設しなくてもよいだけの知識も経験もある。

3  控訴人は、兵庫県民で、神戸牛の改良に貢献している畜産農家の一人であり、県有黒毛和種種雄牛の精液の提供を受ける権利がある。

4  控訴人は、人工授精師である。被控訴人は、人工授精師である控訴人が畜産農家であるか否かにかかわらず、県有黒毛和種種雄牛の精液の提供を拒んではならない。

理由

一  被控訴人が家畜人工授精所である兵庫県立中央農業技術センターを開設していること、控訴人は同センターに県有黒毛和種種雄牛精液の購入申込みをしたが、同センターはこれを拒否したこと、控訴人は、兵庫県の住民で、人工授精師であるが、兵庫県内では牛を飼育していないことは、当事者間に争いがない。

二  家畜改良増殖法二九条は、「家畜人工授精所の開設者は、その家畜人工授精所において家畜人工授精用精液の提供を求められたときは、正当な理由がなければ、これを拒んではならない。」と規定している。

被控訴人は、控訴人が兵庫県内の畜産農家でないことは、家畜人工授精用精液の提供を拒否する「正当な理由」となると主張し、その理由として前記当事者の主張欄記載のとおり主張している。

三  控訴人が兵庫県内で牛を飼育する畜産農家でないことは、被控訴人が家畜人工授精用精液の提供を拒否する同法二九条の「正当な理由」に当たらないと言うべきである。その理由は次のとおりである。

1  同法二九条が「正当な理由」がなければ家畜人工授精用精液の提供を拒否できないとしている立法目的の一つは次のところにあると考える。

同法一二条は、家畜人工授精用精液の衛生及び品質を保持するため、原則として、家畜人工授精所以外の場所では、家畜人工授精用精液の採取、処理を行うことができないとしている。そこで、家畜人工授精用精液の採取、処理を禁止された利用者の利益を保護するため、家畜人工授精所の開設者は、その授精所において家畜人工授精用精液の提供を求められたときは、正当な理由がなければ、拒むことができないと規定したものである。

この点からすると、「正当な理由」は拡大的に解釈すべきものではない。

2  同法二九条のもう一つの立法目的は、家畜人工授精用精液を広く配付することにより、優秀な資質を有する家畜の導入・増殖を促進することにあると解せられる。

同法は国の法律であるから、原則として、全国で全国民に平等に適用されるべきである。同法は、家畜の改良増殖を促進し、もって畜産を振興し、あわせて農業経営の改善に資することを目的としている(一条)が、同法の全文を詳細に検討しても、遺伝的に優秀な家畜、あるいは特定の遺伝子を持った家畜、例えば神戸牛や但馬牛の増殖を、特定の都道府県に限って行わせることを認めているようなところは見当たらない。むしろ、遺伝的に優秀な資質を有する家畜の増殖が促進されるためには、特定の地域に限らず、それ以外の地域にもその家畜が導入されることが望ましいところである。

3  被控訴人は、人工授精用精液の提供を県内の畜産農家に限定して、それぞれ独自に改良を重ね銘柄牛の価値を高めていくことが、国全体の畜産業の改良発展につながり、同法の目的にも合致し、これを行わなければ、神戸牛・但馬牛の価値が下がり、県内の畜産業の発展に支障を生じると主張するが、そのような政策は同法から読みとることができない。被控訴人のように提供を制限することは、日本国全体からすると、かえって家畜の増殖、畜産の振興、農業経営の安定という同法の目的に反するものである。

兵庫県における肉用牛種雄牛造成及び精液配布にかかる事業の事業費の八六パーセントが県費から支出され、国からの補助金は一四パーセントである(乙一号証)。しかし、この事業は国の政策を示している同法の規定により行われていることからすると、県民(控訴人は兵庫県民であるが)又は県内の畜産農家以外の者を差別扱いする「正当な理由」とはなり得ない。経費の点から見ても、国はこの事業の費用を幾分は負担しているのである。

四  以上判断のとおり、控訴人が兵庫県内で牛を飼育する畜産農家でないことは、同法二九条の家畜人工授精用精液の提供を拒否する「正当な理由」とはならず、他に控訴人につき人工授精用精液の提供を拒否すべき「正当な理由」があるとは認められない。被控訴人は控訴人への人工授精用精液の提供を拒否することはできず、控訴人の請求は理由があるから、これを棄却した原判決を取り消したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・井関正裕、裁判官・前坂光雄、裁判官・牧賢二)

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